1. まず情報を徹底して管理する

最初に確認したいのは、「経営がすでに実施を決定しているのか」、それとも「まだ選択肢の一つとして検討している段階なのか」ということです。

希望退職者の募集は、会社の人員構成や財務、今後の事業運営に大きな影響を与えます。誰が最終的な意思決定者なのか、取締役会での決議が必要なのか、社内規程上どのような決裁が必要なのかを確認し、正式な意思決定がどこまで進んでいるのかを把握しておきます。

特に注意したいのが、正式決定前の情報管理です。まだ何も決まっていない段階で、「会社がリストラをするらしい」「大量に人を辞めさせるらしい」という情報だけが社内に広がれば、従業員の不安や不信感は急速に高まります。会社側がどのような名称を使用していたとしても、従業員から見れば早期退職・希望退職者の募集は「リストラ」と受け取られる可能性があります。

また、社内のプロジェクトだからこそ、思わぬところから情報が推察されることがあります。会議室の予約名、共有フォルダの名称、資料のファイル名、外部専門家との打ち合わせ、印刷物など、通常のプロジェクトでは問題にならないような情報から内容を推測される可能性もあります。

誰がプロジェクトに参加するのか、どこに資料を保存するのか、どの段階で誰に情報を開示するのかまで含め、通常以上に慎重な情報管理が必要です。

2. 担当者だけの判断で進めない

早期・希望退職者の募集は、従業員の生活やキャリアを大きく左右するプロジェクトです。対象者の設定、募集方法、退職条件、面談方法などによっては、後から労務上の問題になる可能性もあります。

また、割増退職金などを設定する場合には、会社として相応の資金も必要になります。そのため、担当者だけで制度を作って進めるのではなく、経営と意思決定の範囲を明確にしたうえで、必要に応じて弁護士や社会保険労務士などの専門家と相談しながら進めます。

これは法令順守や将来の労働紛争を防ぐためだけではありません。この種のプロジェクトを担当する管理部門の責任者には、相応の心理的な負荷がかかります。

会社の経営判断として実施していることを理解していても、これまで一緒に働いてきた従業員の退職に直接関与することになります。その判断や対応を担当者一人で抱え込まないためにも、「これは経営が判断すること」「これは専門家に確認すること」「これは総務・人事が実務として行うこと」という役割分担を明確にしておくことが重要です。

また、士業だけではなく、人材会社が再就職支援(アウトプレースメント)を提供している場合もあります。退職する従業員に対して、割増退職金などの金銭面だけではなく、次のキャリアへの移行支援まで会社として用意するのであれば、こうしたサービスの活用も選択肢になります。

重要なのは、担当者が一人で抱え込まないことです。経営以外にも相談できる専門家や外部パートナーを確保したうえでプロジェクトを進めます。

3. 募集条件を先に設計する

実施方針が決まったら、実際にどのような条件で募集するのかを決めます。

  • 対象となる年齢
  • 勤続年数
  • 対象となる部門や役職
  • 募集人数
  • 募集期間
  • 退職日
  • 割増退職金
  • 有給休暇の取扱い
  • 再就職支援の有無
  • 応募後の撤回を認めるか
  • 会社による承認を必要とするか
  • 募集人数を超えた場合の取扱い
  • 募集人数に届かなかった場合の取扱い

などです。

例えば、「45歳以上」「勤続10年以上」「管理職を対象」など、一定の条件を設定することがあります。

ここで考えておきたいのが、条件からわずかに外れた従業員が応募してきた場合です。対象者ではないとして一律に断るのか。一定の条件で例外を認めるのか。個別に会社が判断するのか。

制度開始後にその都度判断すると、担当者によって対応が変わったり、不公平感が生じたりする可能性があります。対象条件だけではなく、「対象外の応募があった場合にどうするのか」まで事前に決めておく必要があります。

4. 応募から退職までのプロセスを決める

募集条件と同時に、応募から退職までの業務フローも設計します。

少なくとも、①応募をどのように受け付けるのか、②応募後に面談を行うのか、③誰が面談を担当するのか、④会社による承認を必要とするのか、⑤慰留する可能性があるのか、⑥いつ退職を確定させるのか、といった点は明確にしておきます。

① 応募者をどこまで厳密に判定するのか

対象条件を設定した以上、原則としてその条件に沿って運用する必要があります。一方で、条件からわずかに外れている従業員から応募があることも考えられます。応募する側も、相応の覚悟を持って申し出ている可能性があります。

そこで単純に「対象外なので応募できません」と回答した場合、その従業員がその後も従来と同じ気持ちで働き続けられるとは限りません。だからといって、その場の判断で対象者に加えてしまえば制度の公平性に問題が生じます。こうしたケースを想定し、例外を認めるのか、認める場合には誰がどの基準で判断するのかを事前に決めておきます。

② 応募者との面談をどうするのか

応募を受け付けた後、制度説明や本人の意思確認などのために面談を設定する場合があります。

この場合、「誰が面談するのか」「何を説明するのか」「何を確認するのか」を統一しておくことが重要です。

人事部長、管理部門責任者、役員など、会社によって担当者は異なります。場合によっては直属の上司を関与させることも考えられます。ただし、上司を関与させるのであれば、その役割を明確にしておく必要があります。

例えば、本人も応募を希望し、会社も受け入れる方針であるにもかかわらず、直属の上司が、「彼のような優秀な従業員を辞めさせるべきではない」と独自に慰留を始めれば、制度としての意思決定と現場の判断が衝突します。上司としては責任感から発言しているのかもしれませんし、人員が減った後の現場負荷を考えているのかもしれません。しかし、制度運用という観点では混乱の原因になります。

面談者ごとに説明や対応が変わらないよう、役割と対応方針を事前に統一しておく必要があります。

③ 慰留する可能性があるのか

希望退職は従業員本人から応募する制度ですが、会社として退職してほしくない人材が応募してくる可能性もあります。自社で高く評価されている人材は、転職市場でも評価される可能性があります。

すでに次のキャリアを考えていた従業員にとっては、「退職するつもりだったところに割増退職金まで付く」という状況になることも考えられます。

そのため、「条件を満たした応募者は原則として全員認める」のか、「会社による承認を必要とする」のか、「特定の場合には慰留する」のかを募集開始前に決めておく必要があります。

制度開始後に、「この人には辞めてほしくない」「この人なら退職しても構わない」と判断し始めると、不公平感やトラブルにつながる可能性があります。

一方で、応募者の意思を最大限尊重する制度にするのであれば、会社として重要な人材が流出する可能性も受け入れなければなりません。

どちらが正しいという問題ではなく、会社としてどのような制度にするのかを事前に決めておくことが重要です。

直属の上司が『君のような優秀な人材を辞めさせるべきではない』と独自に慰留を始める一方、本人は新しいキャリアへ進むことを望んでおり、人事・総務が『制度に沿って進めましょう』と伝え、経営側が考え込んでいる会議の様子。募集条件・面談の役割・対応方針・公平な運用というチェックリストが背後に示されているイメージ図
面談者ごとに説明や対応が変わらないよう、役割と対応方針を事前に統一しておく必要がある

5. 募集終了後まで考えておく

希望退職者の募集は、応募を締め切って終わりではありません。むしろ、そこから管理部門の実務が本格化します。

財務・経理では、割増退職金や再就職支援費用などについて適切な会計処理が必要になります。人事では、退職者が担当していた業務の引継ぎ、人員の再配置、組織変更、役職変更などが発生します。総務・労務では、通常の退職手続きに加えて、多数の退職者が同時期に発生することを前提とした事務処理が必要になるかもしれません。

また、忘れてはいけないのが残った従業員です。人員が減れば、業務量や担当範囲が変わります。退職者が担当していた業務がそのまま残れば、残った従業員に負荷が集中します。

その状態を放置すると、「会社は人だけ減らして仕事は減らさなかった」という不満につながります。

希望退職を実施するのであれば、退職者の処理だけではなく、残る組織をどのように再設計するのかまで考えておく必要があります。

まとめ

早期・希望退職者の募集は、経営が意思決定したとしても、実際に制度を作り、従業員へ説明し、応募を受け付け、退職まで進めるのは管理部門になることがあります。そして、このプロジェクトに関わった人事・総務担当者は、従業員から見れば「リストラを実行した側」に見える可能性があります。経営方針に従い、本人からの応募によって進めた制度であっても、担当者が不本意な評価を受けることも考えられます。

さらに人員削減によって残った従業員の業務負荷が増えれば、その不満が制度を運用した管理部門へ向けられることもあります。

だからこそ、「経営が決めること」「専門家が判断すること」「管理部門が実務として行うこと」を明確に分けておく必要があります。判断の経緯や承認も記録として残しておきます。

ネット上では、希望退職を提示された従業員側の対応や、経営者が注意すべきポイントについての記事は多く見つかります。しかし、その間に立って制度を実務として動かす総務・人事担当者も存在します。

早期・希望退職者の募集を担当することになったら、一人で制度を作り、一人で判断し、一人で責任を背負うのではなく、経営、専門家、必要に応じて再就職支援会社などを含めたプロジェクトとして進めることが重要です。

『一人で抱え込まない。チームで進める、確かな一歩。』というコピーとともに、総務担当者を中心に経営・専門家・再就職支援がつながり、決定事項・検討記録・承認記録のファイルを囲んで話し合う様子のイメージ図
担当者が一人で抱え込まず、経営・専門家・再就職支援会社を含めたプロジェクトとして進めることが重要である